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春光日々新「しゅんこうひびあらた」

春の景色は日を追って変化し、毎日毎日が新しいという意味。

春来草自生「はるきたらばくさおのずからしょうず」

時節因縁に応じて変化するのみで、春が来れば自然と草は萌えだすという意味。

陽春布徳澤「ようしゅんにとくたくをしく」

温暖な春の時節に天子の恩沢があった。そのめぐみに人々の喜びはいかばかりかという意味。

花知一様春「はなはしるいちようのはる」

花が咲いて春となり、月が出て明月の秋となる。自らがそこに在ることによって、ことがピタリと決まる。
時節をわきまえ、無心のうちにしかも常に主人公であることの意味。

花閑鳥自啼「はなしずかにとりおのずからなく」

満開の花はひっそりとしている。鳥の鳴き声も却ってその静けさを際だたせるようだ。
華やぎの中の静寂。そして調和が取れた世界の意味。

春入千林処々鴬「はるいりせんりんしょしょにうぐいす」

春の気が林という林に充ち、至るところに鴬が鳴いている意味。

春在一枝中「はるはいっしのうちにあり」

一枝の芽がふくらみ始めた。もうそれだけで春はあたりに遍満しているようすの意味。

花枝自短長「かしおのずからじたんちょう」

一面の春に差別はないが、花の枝には自ずから長短がある。平等と差別が調和した世界の意味。

今月の行事・歳時

初午

二月初午の日は全国の稲荷神社や稲荷の祠の祭礼である。稲荷神社はもともと田の神の信仰で、全国にいきわたっており屋敷神や同族神も稲荷であることが多い。初午はもとは、社日や彼岸と同様、春の農事に先駆けて豊年を祈る祭りであったろう。

節分

季節の移り変わる時の意で、後冬から春への変わり目、すなわち立春の前日、ことにその年越しの夜をさすようになり、二月二・三・四日のうちにあたる。

豆撒

節分の宵、神社仏閣、一般の家庭で行う追なの豆撒のことである。もともと宮中の追なからきたもので、福は内、鬼は外と連呼しながら鬼を追い払う。豆撒きのあと自分の年齢の数だけ食べる風習がある。

柊挿す

節分の夜、豆を撒いて鬼をやらう一方、門口に柊の小枝に鰯の頭を串さ゛しにして上げておくことが諸方に残っている。

かくれ家や歯のない口で福は内  一茶
あたたかく炒られて嬉し年の豆  虚子
柊さすはてしや外の浜びさし  蕪村

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