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遊(ゆう・あそぶ)

レジャーの遊ではなく、「此の娑婆世界に遊ぶ」(観音経)仏陀の法への修業ののち得られる茶禅一味の境地。

和敬清寂(わけいせいじゃく)

利休が唱えた茶道の心、和にはじまり、敬・清を通じて深まり、寂滅の境地に至って円融する。

一期一会(いちごいちえ)

一期は一生、一会は唯一の出会い。茶席で同じ人々が会するとしても、今日は一度限りの茶会であるので全身全霊で取り込む気持ちの意味。

日日是好日(にちにちこれこうじつ)

良い日も悪い日も、すべてが人生最良の日であるという意味。

喫茶去(きっさこ)

お茶でもおあがりなさいの意味 。「まあ お茶でもどうぞ」「そう肩肘を張りなさるな」

雪月花(せつげっか)

雪と月と花。四季の移り変わりの中の自然の美の総称。

松無古今色(まつにここんのいろなし)

松の翠は四季を通じ、今昔なくいつもみずみずしく茂っている意味。

且坐喫茶(しゃざきっさ)

まあすわってお茶でもおあがりなさいと相手の緊張をほぐす。

無事(ぶじ)

何も起こらぬこと。

円相(えんそう)

すべての属性を拒否しながらなおかつすべての徳を円満している寂静なる無の境涯を示す意味。

直心是道場(じきしんこれどうじょう)

直心とは自分のありのままの心を指し、これこそが道場でありいたるところが修行の場所となる。

心外無別法(しんげにべっぽうなし)

本来の自己以外に何もなく、したがって逆に全てのものは自己の顕現に他ならないと考える。唯識唯心を説いている意味。

本来無一物(ほんらいむいちぶつ)

本来、執すべきものは何もなく空であるという意味。

無尽蔵(むじんぞう)

文字どおり尽きることがないこと。尽くさざる一切のものを蔵していることの意味。

松樹千年翠(しょうじゅせんねんみどり)

松の翠は四季を通じ、今昔なくいつもみずみずしく茂っている意味。

清坐一味友(せいざいちみのとも)

小さな茶室に数人の仲間で一つの釜の茶を点じて、ともに味わい心もひとつになったすがすがしさの意味。

主人公(しゅじんこう)

自らの主人公は自らをおいて他にはない、ご主人様という意味。

青松寿色多(せいしょうじゅしょくおおし)

青々とした松はそのままでめでたい色をしているという意味。

白珪尚可磨(はっけいなおみがくべし)

完全無欠の貴重な玉でも、さらに磨き続けるべきであるという意味。

閑古錘(かんこすい)

長年にわたり使い込んだため先端が丸くなった古い鍵のこと。鋭利さをひそめているという意味。

関(かん)

最後で最大の難関であるという意味。

洗心(せんしん)

寺院や神社の手水鉢に見かける。手などを洗うだけでなく、心の汚れを洗う清めることの意味。

看脚下(かんきゃっか)

「足下にご用心」真実の自己を見落としてはならない。平凡な言葉の非凡さの意味。

竹有上下節(たけにじょうげにふしあり)

竹には上から下まではっきりと節がついている。明瞭な分別の世界。

知足(ちそく)

松平不昧は茶の本意は知足を本となす。茶道は分々に足ることを知るという方便なり。

瑞雲(ずいうん)

めでたい雲。

南山寿(なんざんのじゅ)

終南山のような長寿を。願いを込めた言葉。

無(む)

禅のみならず仏教の基本術語である。哲学的には有との相対を超えた絶対無であるが、実践的には無所得、無執着のことの意味。

直心是道具(磁器きしんこれどうじょう)

自己のありのままのこころこそが道場であり、たとえ喧噪の中にあっても心を静寂に保っていれば至るところが修行の地となる。誠実な心が修行を成就する場所である。

一日清閑一日福(いちじつのせいかん いちじつのふく)

俗事から解き放たれた静かな所に身を置いて、この幸福平安は何にたとえられよう。

明歴々 露堂々(めいれきれき、ろうどうどう)

歴々と明らかで堂々と露れているの意。一点も覆い隠すことなく、明らかに露れていると云うこと。

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